No Theory
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 1人暮らしをしてから、土日の深夜には面白いTV番組が多いことに気付いた。以下、NHK番組「新世代が解く!ニッポンのジレンマ 大学のジレンマ?教育のジレンマ?」を途中から見ての雑記。
・創造性とは何か
 「新しいことを考える思考」、「新しいものを生み出す技術」のこと。最低条件としての「新しさ」。(これはファッション業界でもいえることだなぁと予てから思っている。)教育の場において、創造性を生み出す仕掛けとは何か。そもそも、創造性とは本当に必要なものか。創造する中身を論じる前に創造性の是非を問うのもどうかと思う。既存の体制にはその由来がある。重要なのはそれに対するチェックと、エラーが見つかった際のケアの内容であり、そこでようやく創造性の是非が問われる。「日本ではグーグルは生まれない」というのは当たり前のこと。国家に個性があって何がおかしいのか。
・グローバル化とは何か
 「日本では英語を話せること。しかしアメリカにおいてそれは前提に過ぎない。教育の場においてそのことを『重視』するのは逆に後進的ではないか。」(意訳) グローバル化とはすなわちアメリカ化であるという考え方もある。それでも「グローバル化」を唱えるのであれば、まずは「アメリカ化」との分別をつけるべきである。個人的にはグローバルに生きる選択の余地さえ残せればそれで良いのではないかと思う。そのための英語教育の充実は必要で、実際に国策として整備されつつある。日本での英語教育も致命的に悪いわけではない。実践の機会を多く取り入れるという簡単すぎる少しの変化で大きなリターンが期待できると思う。
・大学の役割とは何か
 義務教育の場ではないのだから、教育の付加価値を高める様々な取り組み、工夫を絶え間なく行わなければならないはずだ。現代の就職予備校のような位置付けではやがて終わりが来る。入学者にとって費用対効果が十分に期待できないのであれば、今後はモラトリアムの多様化が進み、企業もその実態に即さなければならない時代がくる。今後、義務教育の期間内でキャリア教育が大きく発展する。L型かG型か大きな岐路を前に、徐々に若者らは選択できる余裕を携えていくに違いない。東大元総長の小宮山氏はさすが現実が良く見えていると思う。「3分の1ずつの学生・社会人・外国人」「学問の領域横断の機会」など、大学の担うべき役割を見据えたうえでの発想だ。
・教育の在り方
 よく取り沙汰されるフィンランドの教育も「日本とさほど違わない」らしい。ただあれを忠実に再現するとなれば、まずは学校教育法を変えねばなるまい。それ以降は現場でのボトムアップ方式である程度は対応できる。若年層をもっと取り入れるべく、教諭の待遇は今後も改善されたい。しかし教諭がよく口にする「事務の多忙」の多くは、教育活動の範疇であることが多い。第三者からすれば、ならば事務職員を増やすべきとの考えになるが、多くは見当違いである。給与を増やせば良いというわけでもない。日本の教諭が抱えるジレンマは大きい。部活は教諭の指導領域を担保したうえで外部講師の活用が今後も進められるべきだ。免許制度の国家資格化も長期視点では有意義であると思う。
・日本の幼稚園
 私自身、幼稚園ではほとんど楽しい記憶しかない。自由が多くの面で認められ、褒められ、励まされる。規則ではなく、相手にけがを負わせたり、自分が負ってしまうような行為に対してはきつく叱られる。実際的である。社交性と肉体的・精神的成長がバランスよく育まれる。意外と、学問を除いた教育機関のあるべき姿なのかもしれない。
・教育界の接続の仕方
 高校のことを中学校で学び、中学校のことを小学校で学ぶ。一貫化が大いに流行っている。そろそろその問題点が顕れ、対応が求められる時期にさしかかる。連携は前倒しか後倒しのどちらが良いのか。

要加筆修正
Study 〒*0
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Author: KEY

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